2019年07月15日

モンマルトル

曇天の月曜日のロンドン。本日の予報は曇り。でも午後5時以降は太陽が出る時間もあるようです。最高気温は21℃。昨日も涼しく過ごしやすい1日でしたが、今日も似たような気候になりそうです。

昨日から風邪を引いたようで調子が悪く大人しくしています。どうにも文章をまとめたりするのが億劫に感じてしまうので、早速本題です。
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さて、今回はDiscover Walks Parisの『MONTMARTRE TOUR』で案内された風景のご紹介です。
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今回もツアーで説明された内容をメモも取らず記憶から引っ張り出して書いています。その為記憶違いや誤りもあるかもしれませんので、雰囲気を味わう程度にお楽しみください。
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ツアーの始まりは有名なキャバレー『ムーランルージュ』。Moulinとは風車という意味なのだそうで、要は『赤い風車』という名前だったんですね。だからこの外観なんですねぇ…。1890年頃ムーランルージュが誕生した時代は、まだまだ女性は肌を見せるべきではないという考えが圧倒的。そんな中で足を曝け出して踊り子がフレンチカンカンを踊るショーは大変な物議を醸したとのこと。パリ市内は整然とした街並みに清い演芸のみがある中で、丁度パリの外周の直ぐ北だったモンマルトルはいかがわしい、大衆的な物が許される場所だったのでしょう。ロートレックの独特なポスターが、このキャバレーを一躍有名にするのに一役買ったことも紹介されました。

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ムーランルージュやメトロのブランシェ駅がある通りには、いかがわしいお店が並んでいます。パリ市の境界線にあたる道路だった為とのこと。

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先ずはルピック通りを登って直ぐ左に映画『アメリ』でアメリが働いていたカフェの舞台になったカフェ『Café des Deux Moulins』があります。入口にアメリの可愛らしいイラストが描かれた看板が出ているので直ぐ分かります。

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私達も『アメリ』は好きな映画だったものの、既に20年近い月日が流れているので殆ど覚えておらず。カフェで働いていたという事実は覚えていたものの、赤いアクセント位しか記憶になかったのですが。アメリが大好きな女性は感激して写真を沢山撮影していました。

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モンマルトルを訪れる方は、アメリを見て復習しておくとより楽しめるかもしれません。

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ガイドさんによると、フランス人の多くはまだ個人商店や市場で買い物することを好むそうで、ルピック通り(Rue Lepic)は個人商店が並ぶ典型的な街並みなのだとか。個人商店で売られているチーズは、微生物が付いたままのチーズ本来の味がするので、スーパーで買うチーズよりも高価なので日常的にはなかなか手が出ないものの、記念日や特別な日にはチーズ屋さんのチーズを買うのだそう。「全然味が違うので、是非個人商店の本物のチーズを食べて欲しい。但し微生物が付いているので国境を越えて持ち出すことは禁止されていますので、お土産には持って帰れません」とのこと。それでなんだ…と初めて知ったのでした。

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ルピック通りを登っていくと、ルピック通りが左に折れて、右側にはRue des Abbessesが繋がる場所に出ます。ガイドさんはRue des Abbessesに並ぶカフェならば何処も美味しいので是非食事をしたり、ドリンクを飲んだりして休むことをお勧めしてました。

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ルピック通りを左に折れて道なりに進むと、ゴッホが2年間住んだアパートが残っているそうです。ツアーでは時間が無くカバーされませんでした。ツアー後戻って見る時間も無く…。

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この場所には2016年にベスト・バゲットに選ばれたパン屋『BOULANGERIE ALEXINE』があります。ガイドさん曰く「本物のバゲットは外はパリっと、中はしっとりしてなくちゃ。バゲットを折るバリっという音を使って音楽を奏でる動画を見たことがあると思いますが、あれが理想のバゲットの音なんです。そしてパン屋に行ったら必ず「Baguette tradition」を注文すること。Baguette traditionを名乗る為には、種からその場所で手で捏ねて、焼いたその日に出さなければならないという厳しい基準があります。本物のバゲットを味わいたければ、必ず「baguette de tradition」を指定してください。」とのことでした。これは読んでいた本にも書かれていました。

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中世からの古い建物と田舎風の風景、そしてアーティストが住んでいた歴史とお洒落なお店が並ぶモンマルトル。その結果『BOBO』が住む町として有名なのだとか。『BOBO』はbourgeois Bohemianの略。1960年代に台頭したカウンターカルチャーの思想と、1980年代に台頭した物質主義的な思想という、相反する思想を併せ持つ、お金持ちの自由人。モンマルトルの高級化(gentrification)の原因として嫌われているようですが、「オープンカフェのテラスで頻繁に見掛けます。BOBOウォッチングしたい方にもRue des Abbessesはお勧めです」だそう。BOBOはニューヨークでも嫌われていた印象があります…。

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パリの数か所にある水道。側面にあるボタンを押すと上から水がダーッとでるので、台の上に水筒を置くと冷たくて美味しい水が飲めます。熱中症になりそうな時は、ここで冷たい水に入れ替えると良いそうです。このモンマルトルのアーティストが集うギャラリー前にある水場。その名も『Wallace Fountains』と呼ばれています。それと言うのも、Sir Richard Wallaceというイギリス人アート収集家/哲学者?が巨額の遺産を受け取り、その富をパリ市民の為の病院を設立するなどして使い、人気を博したそうで。1870年に起こった普仏戦争中、ドイツ軍(プロセイン軍)によるパリ攻囲戦の間、物資・食料・水が入ってこないためパリ市民は困窮。その頃のレストランのメニューをガイドさんが見せてくれましたが、ネズミや象等信じられない材料が並んでいます。その困難を目の当たりにしたウォレス氏は、戦後パリ市民が今後飲み水に困らないように…とこの水場を寄付。以降、彼がパリの為に残した多大な功績の1つとして現在でも現役で活躍中であると共に、語り継がれているそうです。

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モンマルトルは丘なので、至る所からパリの街が見下ろせます。エミール・グードー広場(Place Émile-Goudeau)からも眼下に広がるパリの街が楽しめました…写真には写っていませんが。

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バトー・ラヴォワール/ 洗濯船 (Bateau-Lavoir)は、エミール・グードー広場に面した集合アトリエ兼住宅。20世紀初頭にピカソ、ジョルジュ・ブラック、モディリアーニ等のモンマルトルの芸術家、文学者、俳優、画商らが活動の拠点としたそうで、特にピカソが『アビニヨンの娘たち』(1907) を描いた場所、キュビスムが誕生した場所として有名とのこと。名前の由来は上から見ると船のような形をした建物に、お金がない芸術家が洗濯物を天日干ししていたからだそう。ピカソが『アビニヨンの娘たち』を描いた当初は、仲間から不評だったんだとか。

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現在もアーティストが住んで創作活動に勤しんでいる様が裏道からは伺えましたが、大変人気で一度入った人がなかなか出て行かないので、厳しい入居審査を通過しても、入れるまでに何十年も掛かるそうです。

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ゴッホが住んでいた頃は長閑な田舎だったモンマルトル。その頃はパリで消費するパンを焼くための粉を挽く風車が10数個あったそうですが、現在はムーランルージュとThe Moulin de la Galetteというレストランの2つだけが残っています。

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現在はレストランですが、ルノアールが絵画『Bal du moulin de la galette』でダンスパーティーの様子を残したことでも有名とのこと。

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モンマルトルで一番高級な住宅が並ぶ通り。高台にあり静かな事がその理由。

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その角には歴史ある『Théâtre Lepic』という劇場が。

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そもそも『モンマルトル』という地名、実はMont des Martyrs(殉教者の丘)が短縮されて生まれたのだそうで。それでRue des Martyrsという通りがあるんですね。じゃあ殉教者とは誰なのかというと、後にフランスの守護聖人となったパリ最初のキリスト教司教聖ディオニュシウス(サン・ドニ)。伝説によると聖ドニはモンマルトルで斬首されたが、首を刎ねられたまま自分の首を持ってパリ郊外の現在サン=ドニ大聖堂となっている場所まで歩き、そこで倒れて絶命した。以後その場所がサン=ドニと呼ばれることとなり、教会堂が建てられたのが、現在のサン=ドニ大聖堂の始まりなのだとか。その斬首されたという言い伝えがあるモンマルトルの丘にある公園に、サン・ドニの像が立っています。怖い…。

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この像は怖いですが、像のあるSuzanne Buisson gardenは近所の子供たちが遊ぶ落ち着いた公園。ガイドさんも子供の頃よく遊んだ、近所の子供たちの隠れ場所のような存在なのだとか。

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エジプト出身のイタリア系フランス人歌手のダリダ(Dalida)さんはモンマルトルに居を構え、最後の葡萄畑を守る為の運動に力を注いだそう。その功績を認められ、eponymous squareに胸像が立てられています。なお、この胸像の胸を触ると幸運が訪れると言われているそうで、胸の部分だけピカピカしています。なお、彼女はフランソワ・ミッテラン大統領の愛人だったことから、悪名高いルーブル美術館のガラスのピラミッドは、大統領がエジプト出身のダリダさんに贈ったのでは?と未だに言われ続けているそうです。

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ダリダさんの胸像脇から登る坂道が、ガイドさんが一番美しいと思うRue de l’Abreuvoir

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アブルヴォワール通りは、胸像から始まり…

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藤に覆われた車庫や…

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絵になるお宅を通り抜け…

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角にあるピンク色のカフェ『La Maison Rose』まで続きます。このレストランは可愛らしく絵になるだけでなく、1850年に建造されたと推測されてい歴史ある建物。そればかりか、ピカソが常連客としてコーヒーを楽しんだ場所であり、彼の親友カサジェマスがラ・メゾン・ローズのウェイトレスに失恋したことを苦に自殺。友の死に立ち会えなかったピカソはバケーション先から飛んで帰り、自分を責め続け。それがきっかけで『青の時代』に突入したという、アート好きには堪らない逸話を持つカフェだそうです。

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ゴッホが住んでいた頃は沢山あった葡萄畑。現在はたった1つ『Clos Montmartre』が残るのみ。保存の意味でワインが造られているそうですが、ガイドさん曰く「この世で一番高い出来の悪いワイン」なのだとか。でも「ワインは進化しますから。10年後には美味しくなってるかも?」だそうです。

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秋に向けて小さな葡萄が実っていました。

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葡萄畑の前には歴史あるキャバレー『オ・ラパン・アジル 』(Au Lapin Agile)があります。このキャバレーには、ピカソやシャガールをはじめとするアーティストや詩人、文学者が集ったことで有名。ここに集った印象派絵画に批判的なアーティストが、オーナーの看板ロバ「ロロ」のしっぽに絵筆を括りつけて描いた絵画『かくてアドリア海に陽は沈みぬ』を展覧会に出展して、印象派を愚弄したり。夜な夜な動物園も真っ青の動物を巻き込んだ奇想天外なショーを催したり。ピカソが支払いの代わりに絵を描いて置いていったり…と逸話に事欠かない場所とのこと。アートヒストリー好きは必見の建物です。

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葡萄畑の上にある、モンマルトル所縁のアーティストの作品を集めた『Musée de Montmartre』はアートラバーにはお勧めとのこと。

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ツアーの終点はサクレクール寺院(Basilique du Sacré-Cœur)の裏側。サクレクールとは聖なる心臓の意で、フランス革命や数々の戦争で多くの血が流されたことを悼む意味が込められた教会。

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建設が始まったのは1875年で完成は1914年と年月がかかったため、色んな様式が寄せ集められているそう。

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ツアーが終わってから、観光客だらけの表側に行きました。圧巻です。

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階段の上からでもパリの街が一望できます。

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posted by london-twosome at 16:48| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする