2019年10月27日

アン・ブーリンの思い出の地『ヒーバー城』

冬時間に突入した日曜日のロンドン。本日の予報は晴れのち曇り。最高気温は13℃ですが、夜は2℃まで冷え込んで昨日までに比べて寒くなるとのこと。でも昨日もしとしとと雨が降り続いて強風が吹いていたので、秋の散歩が楽しめそうで嬉しいです。

昨日は横浜でラグビーワールドカップのイギリス対ニュージーランドの試合が戦われました。こちらでは午前9時からだったのですが、一度はきちんと観戦しようとパブをサーチしたものの、適当な近所のお店が見つけられず結局自宅で見ました。金曜日の無料新聞(フリーペーパー)では「試合を理解してるふりして、点が入ったタイミングでなんとなく国旗の絵文字(Emojiは立派な英単語になってます)をソーシャルメディアに送ってるそこの貴方!歴史的な試合の前にルールを理解しよう!」という見開き1ページの特集が組まれるほどの気合の入りよう。意外とお仲間が多いんですね。

でも夫にルールを解説してもらいながら観戦したら、意外と楽しく。今まではボランティア仲間に「ラグビー観てる?」と聞かれても「トライはしてるけど、ルールが分からないからイマイチ楽しめないんだよね〜」とか言っていたのですが、来週こそは朝からパブに出掛けて観戦しようかな?と考えてます。今朝は今日ウェールズが勝てば、来週はイギリス対ウェールズの決勝戦だ!と盛り上がっています。本当にそうなったら、ロンドンは盛り上がるでしょうね。
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さて、今回はロンドンから電車で1時間弱南にあるケントのチューダー朝からのお城『ヒーバー城』(Hever Castle)の建物を見学した感想です。
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春に訪問した際にはお庭と自然道しか見物しませんでしたが、今回はアフタヌーンティーをする為に『Castle & Gardens』チケットの購入をせねばなりませんでした。春ほど花が多くは無く時間に余裕があったこともあり、お城をちょっと見学しました。
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ヒーバー城は、エリザベス1世の母君でヘンリー8世の2番目の妻であったアン・ブーリンが幼少期を過ごしたお城です(出生地は不明のよう)。アン・ブーリンは思春期をフランスで過ごし、教育も社交界デビューもフランスで行ったためヒーバー城で過ごした時間は長くはない筈ですが、病気に掛かったり、心が弱ったりすると戻る居城であったことから、アン・ブーリンファンの間では聖地のように特別視されているようです。
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この夏YouTubeでイギリスの歴史に関するドキュメンタリーを見ていたのですが、その流れで『The Anne Boleyn Files and Tudor Society』というチューダーに関する情報を著者が発するチャンネルに嵌り。特に著者/YouTuberがアン・ブーリンのファンであることから、自然と興味を持つようになりました。その流れでアン・ブーリンに関する本をオーディブルで購入して聞き終わる程に。
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そのような経緯で俄然ヒーバー城自体にも興味が湧いたので、今回はお城の見学も楽しみにしていました。お城の公開時間は庭より短く、正午〜午後4時半まで(季節により変わります)。
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元々の建物は13世紀に遡るそうですが、その建物は残っておらず。アン・ブーリンの父親であるトマス・ブーリンが1462年頃、現在の入り口付近にある邸宅を建てたようです。とは言え、20世紀初頭にアスター家が買い取って大改築をした際に大幅に手が入れられており、何処までがチューダー時代の建造物なのかは解りませんでした。
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しかしながら、それまでは建物内で移動する際には個々の部屋を通り抜けるか1回外に出るかしか無かった構造を、廊下を作ってプライバシーを確保しつつ雨の多いイギリスで外に出ずして任意の部屋へと移動できる構造がチューダー時代に発明されると、お金持ちのトマス・ブーリンは早速採用。ヒーバー城には長い廊下が存在して、その富と地位を見せつけていたと、お城のキュレーターの方が説明されている動画を見たので感心して本物を眺めたり(因みに廊下の説明はフラムパレスでも聞きました)。
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実際にはどんな容姿だったか定かではないアン・ブーリンですが、一番似ているのではないか?という説もあるらしい肖像画が飾られているので、感慨深く眺めたり(ウィキペディアには『特に魅力的な容姿では無かった』と記載がありますが、それはフランスから派遣された外交官でバリバリのカトリック勢力、つまりヘンリー8世の一人目の妻を絶対的に支持していた為にアン・ブーリンを『愛人』(concubine)とか呼んでいた人が記した記録だと思うので、信憑性が低いと考える学者さんがいます。確かに皆が認める美女という訳でも無かったようですが。)。
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細くて急な階段を登るとアン・ブーリンの寝室がありますが、それはここら辺の空間に寝ていたであろう、という位の感じらしいです。お城を見ると全然そんな感じはしませんが、動画で説明されていました。

それというのも、チューダー朝の時代には個室という概念が王以外はなく、家族は貴族であっても一つの広い部屋にベッドを置き、それぞれのスペースを布で仕切って寝るのが一般的だったからなのだそう。多分、ドアが設置されたのは時代が下ってからなんですね。その説明を聞いて、何故天蓋付のベッドが昔の高貴な方のベッドには多いのかを初めて理解しました。
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加えてヘンリー8世の部屋なるものもありましたが、史実にはヘンリー8世がヒーバー城を訪れたという記録は無いとの事(これも動画で見たので、お城の中には記載は無かった気がします)。訪れなかったという証拠も無い=アンを愛していたヘンリー8世が訪れない訳はない、という希望的観測に基づく展示のようです。
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そんな風に歴史に忠実というよりは、後に映画やドラマの舞台として使われた場所という位のテンションで見学した方が良い気もしますが。しかしアン・ブーリンが幼少期およびヘンリー8世と結婚するまでの短い期間をこのお城の、同じ空間で過ごした事は確かなので、歴史の息吹を感じて想いに浸るには十分だと感じました。
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チューダー朝に興味がある方は必見のお城。さして知識や興味がなくとも、庭や敷地と併せて建物も総合的に美しいので満足がゆく展示内容でだと感じました。
posted by london-twosome at 04:20| Comment(0) | 日帰り旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする