2019年05月23日

チェスターの街

よく晴れている木曜日のロンドン。今日もこのまま晴れて雨の心配はない予報です。最高気温は22℃。パーカーを羽織っていたら暑く感じました。

今週は用事や予定が目白押しでなかなかブログを書く時間を作れません。これからさっさと家事を済ませねばならないので、早速本題です。
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さて、今回はイングランド北西部チェシャーの中心都市であるチェスター(Chester)を案内してもらったウォーキングツアーで見た街を覚えている範囲でご紹介します。ただ、記憶が曖昧ですので、間違いもあるかもしれません。予めご了承ください。
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ツアーの始まりはチェスター大聖堂(Chester Cathedral)から。私達がツアーに乗ったのは日曜日の午前中だったので、中に入ることはできませんでした。

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大聖堂の脇を入ると静かなAbbey Squareと呼ばれるスクエアがあり、St Werburgh's Church(多分)という教会の裏側が見えます。

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アビー・スクエアは静かでほっとする空間。

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St Werburgh's Churchのステンドグラスもうっすら見えるのですが、モダンなステンドグラスは近代の歴史を抽象的に描いたもので、マンハッタンの夜景等を表現している珍しい作品なのだそう。一見の価値があると仰っていましたが、私達は時間を作ることができませんでした。

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アビー・スクエアからタウンホールに抜ける場所にはアビー・ゲートウェイと名付けられた歴史ある門があります。この門は元々14世紀に建造されたそうですが、この地域で産出する岩は脆く建材としては工夫を要するにも関わらず、ローマ人のようにそのコツを当時のイギリス人は知らず。結果として門が崩れてきたので、19世紀に大幅な補修が行われたとのこと。その跡が何となく見て取れます。

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アビー・スクエアの脇道を進むと早速城壁が登場。

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元々はローマ人が町を作った際に建造が始まった城壁。その後、直ぐ隣のウェールズとの戦いの最前線となったチェスターを守るために堅牢な造りになったそう。町を攻撃から守るための壁なのでゲートは東西南北に1つずつ、全部で4つしか用意されていなかったため、チェスター大聖堂の人々が城壁外にあった畑との行き来がとても不便だと訴え。特別に許可されて作られた、乗馬したままでは入れず、武器が運び込めないように狭い間口のドアが現在も残されています。但し、このドア。現在でも建前上は毎晩9時に閉められてしまうそうで、直ぐ外にある駐車場との行き来に愛用されているドアなので、偶々夜9時に施錠された日に利用を試みるとがっかりすることがしばしばあるのだそうです。

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城壁の上に『⚓マークと692F』という刻印がされています。この場所から遠くに見えるタワーの距離が、ロンドンで建造された船の大きさなのだそう。

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チェスターの人々は、町が港湾として栄えた為その船が自分たちの街と強いつながりがあると感じて非常に誇りに思い、この刻印を施したとのこと。ただ肝心の船の名前を度忘れしました…思い出したら追記します。

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チェスター大聖堂の横にはモダンな外観のタワーがそびえています。それは大聖堂の強度を調査した際に、鐘の重さを支えきれないことが発覚したので、中の鐘を新しく建造したタワーに移したから。

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モダンなベルタワーの建造には、チェスター伯でもあるチャールズ皇太子が大反対。でも結局安全面などを考慮してオリジナルの計画のまま建造された経緯があるそうです。ガイドさんによると地元でもあんまり人気は高くないみたい。確かに軍事施設とかかと思いました。

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チェスターのシンボルでもあるイーストゲート時計塔(Eastgate Clock)。イギリスでビックベンに次いで2番目に写真を撮られる時計塔として名を馳せています。ビクトリア女王を記念して造られたとのこと。

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このゲートからは世界でも有数の資産を誇るグローヴナー家の持つ不動産が見えます。グローヴナーとチェスターの関連を説明してもらったのですが、忘れてしまいました。確か祖先がチェスター周辺の資産家と結婚したとかだったと思うのですが…。チェスターには数多くのグローヴナーを冠するビジネスが存在します。

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時計塔をディー川方面に行った場所に薄れてしまった×印があります。そこから時計塔を撮るとアーティストの観点からは『完璧な写真』が撮れるとのこと。でも人が多すぎました。

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城壁は実際に防衛に使われていたので、昔はもっと沢山の見張り塔が存在したそう。ただ、暗い、狭い、臭いと良いことなしなので、その殆どが撤去され、現在はタワーは数個しか残っていません。ただディー川近くにはタワーの遺構が残されており、ガラスを覗くと石組等が見えます。

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18世紀に造られたゲートは1車線の細い道路しか通れなかったので、近代化して車が走るようになると途端に不便になり。1938年に壁を切り崩して新たに造られたのが現在もあるニューゲート

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既にウェールズを併合し、城壁が防衛には使われなくなってから飾りのように造られた門なので、城内に向けて矢を射る窓があったりと全く砦としての役割は果たしていません。

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ニューゲートが完成した後に、どうせなら何故かはわからないけれど大きく湾曲している道路も直線にしようと工事を始めたら、ローマ人たちが建造した闘技場が出現。なんでもローマの外では最大ともいわれる7千人を収容できる規模の闘技場跡だと判明したとのこと。

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向かいにある建物に示されている線の高さまである壁が闘技場を覆っていた上に、この地域には存在しない真っ白な砂を敷き詰めた地層が発掘されたそう。多分ウェールズの海岸からわざわざ競技で出る血を目立たせる目的で持ち込まれたと考えられているとのこと。

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闘技場は本来は円形だったものの、発掘されたのは半円。後の半分はこちらも歴史的価値のある教会『St. John's Church』の敷地内にある為、競技場の発掘を進めたい歴史家と教会を保存したい歴史家の対立を生んでいるそう。教会は火事にあった後、再建する費用が捻出できず、そのままになっています。

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闘技場の近くからは、ローマ人達が建造したお風呂の遺構が発掘され、現在は『The Roman Gardens』になっています。造られた当初はイタリアの草花が植えられたそうですが、イギリスの気候に合わず全て枯れてしまった為、現在の植生になったとのこと。

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ローマン・ガーデンを過ぎるとディー川が見えます。城壁からディー川に下る階段は1785年に造られ『Wishing Steps』と呼ばれているそうです。なんでも1往復半、息をすることなく階段を上り下り出来たら願いが叶うという言い伝えがあるからなのだとか。由来は不明とのこと。

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ディー川の傍で城壁を降りると、全然雰囲気が違う地域に出ます。建てられた当時としては高級な部類の住宅地だったそうで、失念してしまいましたが何かの産業(鉄道?)に従事していた労働者の為に建てられたと説明されたような?

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その一角にはチェスターで一番特殊なパブだとガイドさんが思う第一次世界大戦をテーマにしたパブがあります。

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外には『ハンバーガー禁止!』などと書かれたお触れが貼り出されています。

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その隣には今でいう低所得者用住宅があります。

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昔は各教会が自身の信者の面倒を見ていたため、建物ごとに担当教会の名前がイニシャルで示されています。

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今でいうキャッチコピーのような役割を果たす、聖書や書物からの一節を刻んだ建物が見られるのもチェスターの特色なのだそう。これは歯医者さん。

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チェスターの旧市街には2階に亘ってお店が連なる構造がよく見られますが、これはローマ人が作った壁が経年劣化して只の土手と化し。でも泥だらけの道に店を作るよりも便利だと、土手にお店を建造した名残なのだとか。

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3つの古いアーチと名付けられた2階以上の部分が一番古いお店。

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道路が舗装されていない時代は歩くと泥だらけになるので、特に長いドレスを着る上流階級の女性は道路を歩くのを嫌ったそう。そこで2階の通路にはそのような顧客をターゲットにしたお店が並んでいたそう。

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通りに面した板張りの部分には生鮮食品などを売る屋台がずらりと軒を並べ、夕方には撤収する市場も兼ねていたとのこと。

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各店舗が目の前の通路に責任を持っていた影響で、通路には統一感のないタイルや板が貼られています。

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中には立派なショッピング街が。クリスマス時期はデコレーションが美しいとガイドさんお勧めのスポット。

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お店が入っている建物はハーフティンバーの構造ですが、建てられた当初は白いタイルで覆われていたそう。

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でも「サウナみたいだ!」という批判が相次ぎ、現在の外観にわざわざ直したそうです。でも1階部分に少しタイルが残っています。

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現在はお店になっているので写真は撮れませんでしたが、このショッピング街の構造には地下室もあって、有名な教会等に使うデザインを試していたと考えられているそうで、非常に凝った天井の飾りなどが見られます。用事は無くとも半地下になっているお店に入ってみたり、カフェでお茶してみたりすると雰囲気が味わえて面白いです。

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ツアーの終点はタウンホールの裏。昔の工商の中心だった場所だそうで、現在も周りはお店だらけ。アンティークショップが多い通りやレストランやカフェが並ぶ通り等があります。

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posted by london-twosome at 22:07| Comment(0) | UK旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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