2019年07月15日

モンマルトル

曇天の月曜日のロンドン。本日の予報は曇り。でも午後5時以降は太陽が出る時間もあるようです。最高気温は21℃。昨日も涼しく過ごしやすい1日でしたが、今日も似たような気候になりそうです。

昨日から風邪を引いたようで調子が悪く大人しくしています。どうにも文章をまとめたりするのが億劫に感じてしまうので、早速本題です。
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さて、今回はDiscover Walks Parisの『MONTMARTRE TOUR』で案内された風景のご紹介です。
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今回もツアーで説明された内容をメモも取らず記憶から引っ張り出して書いています。その為記憶違いや誤りもあるかもしれませんので、雰囲気を味わう程度にお楽しみください。
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ツアーの始まりは有名なキャバレー『ムーランルージュ』。Moulinとは風車という意味なのだそうで、要は『赤い風車』という名前だったんですね。だからこの外観なんですねぇ…。1890年頃ムーランルージュが誕生した時代は、まだまだ女性は肌を見せるべきではないという考えが圧倒的。そんな中で足を曝け出して踊り子がフレンチカンカンを踊るショーは大変な物議を醸したとのこと。パリ市内は整然とした街並みに清い演芸のみがある中で、丁度パリの外周の直ぐ北だったモンマルトルはいかがわしい、大衆的な物が許される場所だったのでしょう。ロートレックの独特なポスターが、このキャバレーを一躍有名にするのに一役買ったことも紹介されました。

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ムーランルージュやメトロのブランシェ駅がある通りには、いかがわしいお店が並んでいます。パリ市の境界線にあたる道路だった為とのこと。

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先ずはルピック通りを登って直ぐ左に映画『アメリ』でアメリが働いていたカフェの舞台になったカフェ『Café des Deux Moulins』があります。入口にアメリの可愛らしいイラストが描かれた看板が出ているので直ぐ分かります。

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私達も『アメリ』は好きな映画だったものの、既に20年近い月日が流れているので殆ど覚えておらず。カフェで働いていたという事実は覚えていたものの、赤いアクセント位しか記憶になかったのですが。アメリが大好きな女性は感激して写真を沢山撮影していました。

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モンマルトルを訪れる方は、アメリを見て復習しておくとより楽しめるかもしれません。

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ガイドさんによると、フランス人の多くはまだ個人商店や市場で買い物することを好むそうで、ルピック通り(Rue Lepic)は個人商店が並ぶ典型的な街並みなのだとか。個人商店で売られているチーズは、微生物が付いたままのチーズ本来の味がするので、スーパーで買うチーズよりも高価なので日常的にはなかなか手が出ないものの、記念日や特別な日にはチーズ屋さんのチーズを買うのだそう。「全然味が違うので、是非個人商店の本物のチーズを食べて欲しい。但し微生物が付いているので国境を越えて持ち出すことは禁止されていますので、お土産には持って帰れません」とのこと。それでなんだ…と初めて知ったのでした。

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ルピック通りを登っていくと、ルピック通りが左に折れて、右側にはRue des Abbessesが繋がる場所に出ます。ガイドさんはRue des Abbessesに並ぶカフェならば何処も美味しいので是非食事をしたり、ドリンクを飲んだりして休むことをお勧めしてました。

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ルピック通りを左に折れて道なりに進むと、ゴッホが2年間住んだアパートが残っているそうです。ツアーでは時間が無くカバーされませんでした。ツアー後戻って見る時間も無く…。

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この場所には2016年にベスト・バゲットに選ばれたパン屋『BOULANGERIE ALEXINE』があります。ガイドさん曰く「本物のバゲットは外はパリっと、中はしっとりしてなくちゃ。バゲットを折るバリっという音を使って音楽を奏でる動画を見たことがあると思いますが、あれが理想のバゲットの音なんです。そしてパン屋に行ったら必ず「Baguette tradition」を注文すること。Baguette traditionを名乗る為には、種からその場所で手で捏ねて、焼いたその日に出さなければならないという厳しい基準があります。本物のバゲットを味わいたければ、必ず「baguette de tradition」を指定してください。」とのことでした。これは読んでいた本にも書かれていました。

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中世からの古い建物と田舎風の風景、そしてアーティストが住んでいた歴史とお洒落なお店が並ぶモンマルトル。その結果『BOBO』が住む町として有名なのだとか。『BOBO』はbourgeois Bohemianの略。1960年代に台頭したカウンターカルチャーの思想と、1980年代に台頭した物質主義的な思想という、相反する思想を併せ持つ、お金持ちの自由人。モンマルトルの高級化(gentrification)の原因として嫌われているようですが、「オープンカフェのテラスで頻繁に見掛けます。BOBOウォッチングしたい方にもRue des Abbessesはお勧めです」だそう。BOBOはニューヨークでも嫌われていた印象があります…。

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パリの数か所にある水道。側面にあるボタンを押すと上から水がダーッとでるので、台の上に水筒を置くと冷たくて美味しい水が飲めます。熱中症になりそうな時は、ここで冷たい水に入れ替えると良いそうです。このモンマルトルのアーティストが集うギャラリー前にある水場。その名も『Wallace Fountains』と呼ばれています。それと言うのも、Sir Richard Wallaceというイギリス人アート収集家/哲学者?が巨額の遺産を受け取り、その富をパリ市民の為の病院を設立するなどして使い、人気を博したそうで。1870年に起こった普仏戦争中、ドイツ軍(プロセイン軍)によるパリ攻囲戦の間、物資・食料・水が入ってこないためパリ市民は困窮。その頃のレストランのメニューをガイドさんが見せてくれましたが、ネズミや象等信じられない材料が並んでいます。その困難を目の当たりにしたウォレス氏は、戦後パリ市民が今後飲み水に困らないように…とこの水場を寄付。以降、彼がパリの為に残した多大な功績の1つとして現在でも現役で活躍中であると共に、語り継がれているそうです。

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モンマルトルは丘なので、至る所からパリの街が見下ろせます。エミール・グードー広場(Place Émile-Goudeau)からも眼下に広がるパリの街が楽しめました…写真には写っていませんが。

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バトー・ラヴォワール/ 洗濯船 (Bateau-Lavoir)は、エミール・グードー広場に面した集合アトリエ兼住宅。20世紀初頭にピカソ、ジョルジュ・ブラック、モディリアーニ等のモンマルトルの芸術家、文学者、俳優、画商らが活動の拠点としたそうで、特にピカソが『アビニヨンの娘たち』(1907) を描いた場所、キュビスムが誕生した場所として有名とのこと。名前の由来は上から見ると船のような形をした建物に、お金がない芸術家が洗濯物を天日干ししていたからだそう。ピカソが『アビニヨンの娘たち』を描いた当初は、仲間から不評だったんだとか。

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現在もアーティストが住んで創作活動に勤しんでいる様が裏道からは伺えましたが、大変人気で一度入った人がなかなか出て行かないので、厳しい入居審査を通過しても、入れるまでに何十年も掛かるそうです。

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ゴッホが住んでいた頃は長閑な田舎だったモンマルトル。その頃はパリで消費するパンを焼くための粉を挽く風車が10数個あったそうですが、現在はムーランルージュとThe Moulin de la Galetteというレストランの2つだけが残っています。

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現在はレストランですが、ルノアールが絵画『Bal du moulin de la galette』でダンスパーティーの様子を残したことでも有名とのこと。

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モンマルトルで一番高級な住宅が並ぶ通り。高台にあり静かな事がその理由。

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その角には歴史ある『Théâtre Lepic』という劇場が。

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そもそも『モンマルトル』という地名、実はMont des Martyrs(殉教者の丘)が短縮されて生まれたのだそうで。それでRue des Martyrsという通りがあるんですね。じゃあ殉教者とは誰なのかというと、後にフランスの守護聖人となったパリ最初のキリスト教司教聖ディオニュシウス(サン・ドニ)。伝説によると聖ドニはモンマルトルで斬首されたが、首を刎ねられたまま自分の首を持ってパリ郊外の現在サン=ドニ大聖堂となっている場所まで歩き、そこで倒れて絶命した。以後その場所がサン=ドニと呼ばれることとなり、教会堂が建てられたのが、現在のサン=ドニ大聖堂の始まりなのだとか。その斬首されたという言い伝えがあるモンマルトルの丘にある公園に、サン・ドニの像が立っています。怖い…。

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この像は怖いですが、像のあるSuzanne Buisson gardenは近所の子供たちが遊ぶ落ち着いた公園。ガイドさんも子供の頃よく遊んだ、近所の子供たちの隠れ場所のような存在なのだとか。

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エジプト出身のイタリア系フランス人歌手のダリダ(Dalida)さんはモンマルトルに居を構え、最後の葡萄畑を守る為の運動に力を注いだそう。その功績を認められ、eponymous squareに胸像が立てられています。なお、この胸像の胸を触ると幸運が訪れると言われているそうで、胸の部分だけピカピカしています。なお、彼女はフランソワ・ミッテラン大統領の愛人だったことから、悪名高いルーブル美術館のガラスのピラミッドは、大統領がエジプト出身のダリダさんに贈ったのでは?と未だに言われ続けているそうです。

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ダリダさんの胸像脇から登る坂道が、ガイドさんが一番美しいと思うRue de l’Abreuvoir

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アブルヴォワール通りは、胸像から始まり…

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藤に覆われた車庫や…

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絵になるお宅を通り抜け…

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角にあるピンク色のカフェ『La Maison Rose』まで続きます。このレストランは可愛らしく絵になるだけでなく、1850年に建造されたと推測されてい歴史ある建物。そればかりか、ピカソが常連客としてコーヒーを楽しんだ場所であり、彼の親友カサジェマスがラ・メゾン・ローズのウェイトレスに失恋したことを苦に自殺。友の死に立ち会えなかったピカソはバケーション先から飛んで帰り、自分を責め続け。それがきっかけで『青の時代』に突入したという、アート好きには堪らない逸話を持つカフェだそうです。

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ゴッホが住んでいた頃は沢山あった葡萄畑。現在はたった1つ『Clos Montmartre』が残るのみ。保存の意味でワインが造られているそうですが、ガイドさん曰く「この世で一番高い出来の悪いワイン」なのだとか。でも「ワインは進化しますから。10年後には美味しくなってるかも?」だそうです。

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秋に向けて小さな葡萄が実っていました。

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葡萄畑の前には歴史あるキャバレー『オ・ラパン・アジル 』(Au Lapin Agile)があります。このキャバレーには、ピカソやシャガールをはじめとするアーティストや詩人、文学者が集ったことで有名。ここに集った印象派絵画に批判的なアーティストが、オーナーの看板ロバ「ロロ」のしっぽに絵筆を括りつけて描いた絵画『かくてアドリア海に陽は沈みぬ』を展覧会に出展して、印象派を愚弄したり。夜な夜な動物園も真っ青の動物を巻き込んだ奇想天外なショーを催したり。ピカソが支払いの代わりに絵を描いて置いていったり…と逸話に事欠かない場所とのこと。アートヒストリー好きは必見の建物です。

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葡萄畑の上にある、モンマルトル所縁のアーティストの作品を集めた『Musée de Montmartre』はアートラバーにはお勧めとのこと。

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ツアーの終点はサクレクール寺院(Basilique du Sacré-Cœur)の裏側。サクレクールとは聖なる心臓の意で、フランス革命や数々の戦争で多くの血が流されたことを悼む意味が込められた教会。

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建設が始まったのは1875年で完成は1914年と年月がかかったため、色んな様式が寄せ集められているそう。

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ツアーが終わってから、観光客だらけの表側に行きました。圧巻です。

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階段の上からでもパリの街が一望できます。

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2019年07月14日

Discover Walks Parisの『MONTMARTRE TOUR』

曇り空でしたが、雨が降り出した日曜日のロンドン。でも雨は午前中には上がり、午後5時以降は太陽も顔を覗かせる予報です。最高気温は22℃。太陽が出ない分、暑さが和らぐようです。

今日はクリケット・ワールドカップの決勝戦。イギリスが決勝に勝ち上がるのは27年間で初めて。勝てば初めての優勝ということで、とっても盛り上がっています。午前10時半から試合が始まるそうなので、パブは朝から開くのでしょうか?
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さて、今回はパリ旅行最終日に乗った納得のゆく金額をチップとして支払うDiscover Walks Paris社催行のウォーキングツアー『MONTMARTRE TOUR』の感想です。
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Discover Walks Parisは有料のツアーも含め多くの種類のツアーを催行しており、チップベースのツアーも複数存在します。友人お勧めのマレ地区も気になったのですが、最終日は午後4時までにはパリ北駅に到着していなければならず時間がタイト過ぎるのも嫌だったので、ホテルの近くだったモンマルトル・ツアーに乗りました。

モンマルトルツアーは、毎日午前11時、午後2時半および午後5時に催行されています。集合場所はメトロのブランシェ駅の入口付近。元気がある方なら、午後5時からのツアーに乗れば、1日で目一杯観光できますね。
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私達が乗ったのは午前11時のツアー。モンマルトルは主要な観光地らしく、このツアーも大人気。1日3回催行されているにも関わらず、参加者が多いことを予め予想してガイドさんが2人おり。参加者は2グループに分けられましたが、それでも各20人ずつの大グループになりました。

スタート地点は、映画にもなり有名なキャバレー『ムーランルージュ』。終点はパリを見下ろす丘に建つ美しい教会『サクレクール寺院』で終わります。
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モンマルトルは19世紀にはパリの一部ではなかった為、1853年から1870年にかけてセーヌ県知事のジョルジュ・オスマンによって行われたパリ改造の対象とならず。よって村のような長閑な風景や、細い路地などが残っている独特の景観が人気。

そしてモンマルトルを一躍有名にしたのが映画『アメリ』。アメリの舞台はモンマルトルで、実際に撮影に使われたアメリの働くカフェや買い物する八百屋等を見ることが可能です。ガイドさんによると「アメリが上映されてから、観光客が飛躍的に増えました」とのこと。
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因みにこのツアーのガイドさんもモンマルトルで生まれ育ち、独り立ちして郊外に住む現在も母上に会いに頻繁に訪れるという男性でした。実際にモンマルトルにある公団住宅に住むという母上のアパートを見せてくれたりも。

歴史の説明やアメリに登場したロケ地を教えてくれるのは勿論、お勧めのレストランやベーカリー、彼が思う一番美しい通り等も案内してくれます。ゴッホをはじめとするアーティストが愛した土地でもあるので、アートに興味がある方も楽しめると思います。
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ツアーの終点はサクレクール寺院なので、多くの参加者はパリの町を一望できるドームへとお金を払って登っていたようですが。私達は教会がどうにも苦手なので入ることはせず、長い階段を下りて美しい教会の外観を楽しみながら下界へと下りました。

サクレクール寺院前の参道は観光客がひしめく通りで、両側に安っぽい如何にもなお土産物屋さんが並びます。客引きの人が断りもなく手を引っ張ったりしてくるのが先進国としてはあり得ない感じで、凄く不快でしたし、スリも心配だったので、さっさと脇道に入って静かな通りを選んで帰ってきました。
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ツアーはカルチェ・ラタンのツアーに比べて少し短め。でも文化あり、歴史あり、グルメ情報ありで同様に充実していました。とても楽しかったです。

全部で約1時間半で、あまり坂が急ではない経路を選んでくれるので登りもきつくなく、下りは階段を降りれば一気に下に着くのでものの5分です。私達は時間が無くて地域を散策できませんでしたが、裏通りにはアーティストのアトリエや個人商店があり買い物も楽しめそうでした。
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2019年07月13日

カルチェ・ラタン

薄曇りの土曜日のロンドン。本日の予報は曇り時々晴れ。最高気温は24℃で、午後7時頃雨が降る可能性があるようですので、帰宅が遅くなる方は折り畳み傘を携帯した方が安心かもしれません。

すっかりブログに書くのを忘れていたようですが、第25回参議院議員通常選挙に伴う在外公館投票が2019年7月5日(金)~7月14日(日)まで実施されています。午前9時半~午後5時まで。身分証明書と在外投票証を持参のこととのこと。詳細は大使館からの案内をご確認の上、投票をお忘れなく。

今週末もサークルライン、ハマースミス&ザ・シティーラインとメトロポリタンラインが部分運休をしています。オーバーグラウンドも運休が相次ぐようなので、お出かけ前には確認をお忘れなく。
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さて、今回はパリ旅行で乗ったウォーキングツアーで説明してもらったカルチェ・ラタンQuartier Latin)の街並みをご紹介します。
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カルチェ・ラタンはパリ5区にある大学街。左岸にありソルボンヌ大学(Sorbonne University)があることで有名な地区です。私達はDiscover Walks Parisの『Latin Quarter & Left Bank』に乗って地域を散策しました。
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ガイドさんが説明してくれたことを記憶から掘り起こして書いていますが、メモを取った訳でもないので記憶違いや間違いもあるかもしれません。雰囲気を味わう程度にお楽しみください。
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ツアーの始まりはガーランド通り(Rue Galande)。パリは19世紀にナポレオン三世の命によって道を広く、建物を画一化した為に、同じ高さの、石灰岩を中心とするクリーム色の石材でできた、同じデザインの屋根を持つオスマン・ビルディングと呼ばれる整然としたアパート群が並ぶ街並みで有名(パリ改造)。ですが、カルチェ・ラタンの一部には中世の街並みが残っています。この通りもそのような中世の香りがする場所。

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ツアーを待つ間、パリ市警が馬で巡回をしていました。ガイドさん曰く「凄く珍しい!」のだそう。

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戦争やら大改造やらで長い歴史の割には中世の建物があまり残っていないパリの町。René-Viviani–Montebelloスクエアの一角にパリで一番の古木が立っています。Robinia pseudoacaciaという北米から渡ってきた木で、現在はコンクリートの支柱に支えられています。

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この木の存在が、すぐ目の前にある英語の本屋『シェイクスピア&カンパニー』が隣の建物を買い取ってカフェにした理由の1つだったと説明されていました。

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最古の木の前には、パリ最古の教会『サン ジュリアン ル ポーヴル教会』(Saint-Julien-le-Pauvre)があります。聖ジュリアンは予言により両親を誤って殺してしまい、その罪に慄き後の一生を人の役に立つことで償いに費やした男が、イエスキリストに赦され聖人となったとのこと。

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カルチェ・ラタンにはジャズクラブが沢山あります。それはこの地区に中世の古い建物が残っていたからなのだそう。中世の建物には地下室や狭い石でできた部屋があり、音楽演奏のための音響が非常に優れていたから。ではなぜジャズなのかと言うと、第2次世界大戦でイギリスと共に戦ったアメリカ兵たちが、ヨーロッパ戦線終戦後パリでの休養を認められた際に、まだ分離政策を取り白人と同じように全ての場所に行くことが許されていなかったアメリカの黒人兵士がフランスでの自由をとっても気に入り。そのままパリに滞在して、ジャズ文化を伝え、サポートしたのだそうです。

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因みにこのジャズクラブがアームストロング等の有名ミュージシャンが演奏したことで有名なのだそうですが、ガイドさん情報によると現在は質が落ち、観光客目当てのクラブだという印象が拭えないため、本当にジャズを楽しみたいのであれば他のクラブに行くように…とのことでした。

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中世からの建物は『太鼓腹』と呼ばれるように、建物の中央から道に迫出しています。それは中世のパリでは地面に接している建物の面積に対して課税されたため、支払う税金を少なくするための知恵だったのだそう。

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ガーランド通りに並ぶ中世の建物には、昔のストリートアートも。これは聖ジュリアンが人の役に立ちたいと無償で貧しい人達の渡河を助けていたところにイエスキリストが現れた場面。

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カルチェ・ラタンの特徴の一つに単館映画館が数多あることも挙げられます。アーティスティックな映画やホラー映画専門の映画館、昔の映画を上映する映画館などが点在するそう。

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中でもガーランド通りにあるこの映画館は、同じ出来の悪いホラー映画を毎晩上映することで有名。ソルボンヌ大学の学生は試験のプレッシャー等の憂さをこの映画館でくだらない映画を皆で見て、その後カフェで議論することで晴らすのが恒例なのだとか。この映画館では映画の上映と共に目の前で舞台のように役者による劇も行われる、独特のショーを展開するのだとか。どんなのでしょうね…?

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ガーランド通りを抜けた場所に『麦藁通り』という名前の通りがあります(ツアー乗っていたフランス人も解らない、昔の言葉なのだそう)。その由来は19世紀には学問は貧富の差に関わらず誰でも平等に授けられるべきだという理念に従って、教授陣がこの通りの建物の2階から通りに座って授業を聞く生徒に講義をしたこと。その頃は泥だらけの汚い道だったので、学生たちが少し離れた農地から丸められた麦藁の塊を運んできて敷き詰め椅子代わりにしたことから、この名が付いたとのこと。

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実際に生徒が道路に敷かれた麦藁の上で勉強する様を模写した絵をガイドさんが見せてくれたのですが、建物という意味ではあまり風景が変わっていなくて驚きました。その絵の中で教授が講義をしていたのは、写真左の1階に青い窓がある建物の2階からでした。

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オスマン・ビルの最上階には屋根裏部屋があります。昔は召使が住んだ暑くて寒い、極小住宅なのだそうですが、どんなに住み心地が悪く、エレベーターが無く不便でもパリの中心部に住みたい学生さんには人気なのだとか。それでも近年は学生さんでは家賃を支払えなくなってきているそう。世界中の都市で家賃の高騰は深刻な問題です。

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一昔前は他国出身の学生さんは同じ通りに住む傾向があったそうで、現在も『英語通り』なる物が存在してました。

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中世からある通りには下水を流す溝が真ん中に通されています。階層があった頃は、位が高い人ほど道の端を歩く権利があり、身分が低いと下水近くの汚い場所を歩かねばならなかったそうです。これはアメリカとかと同じですね。

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フランス人の特徴として、美味しい物を食べるのが好きなだけでなく、食事を作って、家族や友達・仲間と食べる時間までひっくるめて重要視していることをガイドさんは挙げていました。その為、材料を買いに出る所からフランス人は真剣。街の至る所に市場が出現し、皆さんこぞって新鮮な食材を求めて市場に集まるとのことでした。この日は日曜日で市が立つ日ではなかったので、フリーマーケットのようになっていました。

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ツアーの途中で2018年ベスト・クロワッサンに選ばれたというベーカリー(La Maison d’Isabelleでしょうか?)にも寄ってくれました。残念ながらお腹一杯ですし、夜はきちんと食べたかったので購入はできず。

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Musee de la Prefecture de Policeはガイドさん曰く「パリで一番醜悪な建物」。中にはマリーアントワネット等の命を奪ったギロチンの実物が展示されているのだとか…。

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ツアーの終点のパンテオンが見えてきました。

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細い道や小さな広場が至る所にあります。学生街らしく刺激が強い主張を書いた張り紙やストリートアートも多く。ここには「環境に良いことをしよう!自分の子供を食べよう!」という張り紙があったりも。

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こんな風に整然とオスマン・ビルディングが並んでいる通りも勿論あります。

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フランス語において「college」とは高校(もしかしたら中学?)という意味なのだそうですが、カルチェ・ラタンのcollegeはフランスにおいて唯一大学という意味で使われているとのこと。

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フランスの大学にはキャンパスという概念がないそうで、有名なソルボンヌ大学(Sorbonne University)も1ブロック全てを占める巨大な建物でした。

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ソルボンヌ大学は学費が無料。誰でも学ぶ権利はあるという理念を貫いているそうですが、その分試験が多く、卒業までの道のりは厳しいそうです。

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ソルボンヌ大学の校舎には、創設された頃存在していた各学部を表す石像があります。その中に一つだけ上半身裸の女性の像が。

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その学部は考古学で、なんでも学生に人気がなかったので「いっちょ裸の女性の像でも象徴にしてイメージアップを狙ってみる?」と決められたのだとか…。ガイドさんによると嘘のようなホントの話。俄かには信じがたいですが。

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哲学者Michel de Montaigneの像は幸運を運ぶという言い伝えがあるため学生に大人気。靴の先っぽを握って、「salut, Monsieur Montaigne」(モンテーニュさん、こんにちは)と挨拶すると試験で良い点数が取れると言われているそうで、靴の先っぽだけピカピカになってます。モンテーニュ氏がエッセイを生み出したので、死ぬほどエッセイを書きまくらねばならない学生は彼の事を恨んでいるそうですが。それはそれ、これはこれ、なんですね。

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目の前には国立中世美術館(Musée de Cluny)があります。歴史が好きな方にはお勧めの美術館とのこと。

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ガイドさん曰く「French people love to hate」。このストリートアートは有名な最後の晩餐になぞらえて、フランスの政治家を風刺しているそうです。原画でユダの位置に描かれているのが現フランス大統領。学生の間では「彼は裏切り者だという印象が強い」ためなのだとか。憤慨しているのか、別の人によって顔が×で潰されています。

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ソルボンヌ大学の広場で5月危機が始まったので、フランスの歴史に大きな影響を与えた場所として歴史好きの方には是非訪れて欲しいとのこと。1968年5月に始まった学生主導のプロテスト。フランス全体の学生・労働者・果ては一般大衆も巻き込んだ大規模デモとなり数か月に亘り国が機能不全に陥ったそう。

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5月危機の評価は定まっていないようですが、その後のフランスを決定的に変えたことは確か。「Egalité! Liberté! Sexualité!―平等!自由!セクシャリティ!」をスローガンに掲げた運動は、その後ヒッピーやパンク音楽等多岐に亘る影響を及ぼしたとのこと。

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ツアーの終わりはパンテオン(PANTHÉON)。元々は教会として建造されたものの、革命を経て宗教や支配者の影響を排除する思想が確立された後はフランスの偉人(主に労働者)を祀る霊廟として機能しているそうです。

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現在のところ最後に合祀されたのはシモーヌ・ヴェイユ(Simone Veil)氏。女性初の欧州議会議長を務めたフランスの政治家で、ホロコーストを生き延び、人工妊娠中絶の合法化に尽力した為に多大な尊敬を集める人物なのだそうです。

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くるりと振り返るとエッフェル塔が見えるこの場所でツアーは終了しました。

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posted by london-twosome at 04:42| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする